議論の往復ができた日、新たな一歩

Life Lessons

カーステレオから流れるMr.Childrenの曲に身を委ね、リズムに合わせて車を走らせていた。
目的地に着き、サウナへと向かう。熱気の中でじっくりと汗を流し、冷たい水風呂をくぐると、今週ずっと頭の片隅にこびりついていた張り詰めた緊張が、すっきりと洗い流されていくのが分かった。

サウナを出て、心地よい疲労感と澄んだ頭のまま、近くのカフェに入る。
温かいコーヒーを片手にPCを開き、一週間の振り返りをキーボードで打ち込み始めたとき、ふっと今週あった仕事の場面が指先の手を止めた。

「ああ、今週は一歩前に進めたな」

画面を見つめながら、胸の奥からじんわりと湧き上がってきたのは、今までにない確かな手応えだった。
今週の私は、上位の人を前にして、しっかりと「議論の往復」をやり切ることができたのだ。

誤解のないように言えば、これまでの私が全く何も言えない人間だったわけではない。
日々の業務連絡や、無難な意見なら普通に口にできていた。けれど、相手が自分よりも上のレイヤー、強いロジックや迫力を持つ上位の人となると、どうしても越えられない「見えない壁」があった。

自分の考えと相手の考えが食い違ったとき、あるいは鋭い切り返しが返ってきたとき、私はいつも「ここから先」の言葉を喉元で飲み込んでいたのだ。
「相手がそう言うなら、これ以上は……」「波風を立てるくらいなら、自分が引けばいい」。
そうやって、自ら議論のボールを手放し、一方通行の指示を仰ぐだけの場所に逃げ込んでいた。言えずに引き下がった日の帰り道は、いつも言葉にできない悔しさと苦さが残っていた。

けれど、今週の会議は違った。
上位の人の言葉に対して、私は逃げずに自分の考えを差し出した。そして、相手から打ち返された鋭いボールを、もう一度しっかりと言葉にして打ち返したのだ。

一度きりの発言で終わらせず、相手と正面から対峙しながら、ちゃんと「議論のラリー」を続けることができた。

もちろん、自分の主張がすべて通ったわけではない。心拍数は上がっていたし、スマートとは言えない不器用なラリーだったかもしれない。

それでも、私の中では間違いなく何かが変わった。

「言えずに引き下がっていた領域」に、一歩足を踏み入れ、対等に議論のボールを投げ合えたこと。
この小さな「0から1」の差は、想像していた以上に大きい。上位の人と本気で向き合えたという手応えが、自分の足元を確かに固めてくれた気がする。

最初から完璧なディベーターになる必要なんてない。
まずはラリーを続けられた自分を認め、次はもっと質の高いボールを返せるように工夫していく。進歩とは、そうやって不器用な一歩を重ねながら、徐々に手に入れていけばいいのだ。

カフェの柔らかな照明の下、温かいコーヒーを一口すする。
サウナ上がりの澄んだ頭で刻んだこの手応えを、忘れないように胸に留めておこう。

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